仕立
京都から江戸まで「仕立」便を3日限りで送ると21両2分、四日限り12両、5日限り9両、6日限りでも6両という高額の料金をそれぞれ要するとされました。
しかし、同じ6日限りでもほかの便があるときに差し込んで併送する「幸便」ならば二朱(一両の8分の1)ですむこととされ、普通便については「早便」は500文、「中便」は300文。
この場合、急ぎの仕立便については、従来どおり定飛脚問屋が逓送を請け負うことが多かったようであるが(藪内吉彦、1975)、普通便については、問屋を介さない継飛脚の方式による政府独自の逓送が定期的になされるようになっていくことが注目されよう。
その後、1868年(慶応四)7月に江戸が東京と改称され、政府諸機関がしだいに京都から東京へ移るにつれて、京都発でなく東京発の公用通信が増えていくが、駅逓司によれば、同年(明治一)12月当時の東京から京都への「仕立飛脚」の料金は次のとおりでした。
なお、カッコ内は、「宿継ニテハ」として付記されている費用であるこれらは、急ぎの「仕立飛脚」を特別に立てるときに問屋に払う料金であり、翌年(明治二)2月からは、江戸H東京の定飛脚問屋5軒に逓送を独占的に請け負わせることになるが、付記されている「宿継」の人足賃は、おそらく問屋を介さない継飛脚方式で〈急便〉を仕立てた場合の見込費用でしょう。